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話は少しそれますが、ウチの親父(昭和10年生まれ)の小さい頃は
家が貧しくて、弁当を持ってこれない子は、空腹を我慢しながら校庭で
お昼の時間を過ごしたそうです。
「弁当もない貧乏人」といじめられるから。
その時代には、何人もそういう子がいたそうです。
豊かさとは何かを考えさせられるでござるー
どうでもいいけれど自分の子供のためのお金を払わなくても取り合えず問題がないからといってケチってしまうその思考は何ていうか、ボクには理解できない類の思考だなあと思う。子供に限らず、自分のためにお金はケチって、他人のためのお金はケチらないっていうのが、一般的なヒトアーキテクチャの実装ではなかったのか…
いつも思うのはよくわかんないけどボクとか100円ドーナツで幸せになれるしお金とか本当に必要な子が使えばいいじゃないというアレがあって、その結果 ranha 君の家にクリスマス包装されたひとりでできるもんが届くのだと考えるとやはり正しい考えだなと思いますね。